結果が出る前の期間を受け入れられるようになった

結果のアイキャッチ

若い頃はどこかかっこつけていました。

というより、かっこ悪く見えないようにしていました。

何かに全力で挑戦した結果、

「うまくいかなかったら」「誰にも評価されなかったら」「誰も見てくれなかったら」

このようになることを恐れていました。

かっこよくなる未来より、かっこ悪くならない未来を選んでいたという感じです。

しかし、最近「発信」を始めたことにより少しずつ変わってきた感覚があります。

ちいの

変化の兆し

目次

「結果が出ない=進んでいない」と思っていた

何かを始めると、どうしても結果を期待してしまいます。

資格なら合格、仕事なら成果、発信ならアクセス数や再生数など。

「最初からそんなのついてこないだろう」というのはどこか思っているのです。

そんなにうまくはいかない、「毎日目標に向かって積み重ねることが大事」と。

それでも、ある日不安が襲ってくるのです。

それは、今の「やり方が間違っているのではないか?」という不安です。

気付けば間違った方向のはるか先に進んでいるのではないか…と。

結果が出るまでの時期というのは、これと戦う必要があるのです。

本当に意味があるのだろうかと考えてしまいます。

結果が出るまでには準備期間がある

結果というのは、突然現れるものではないのです。

資格試験なら、試験当日に突然合格するわけではありません。

合格するまでの間に、何十時間、何百時間、という積み重ねがあるのです。

そして、その間はできない自分と向き合っています。

「これだけやっても理解できない、自分は頭が悪いのかも」

「毎日やっているのに点数があがらない、自分には向いてないのかも」

このような不安がつきまといます。

これが、一番しんどいポイントかもしれません。

できない自分と直面する、認める、認めた上で努力するというのは大変エネルギーがいります。

しかし、この結果が出るまでの準備期間がないと合格はないのです。

結果として見える日は一瞬ですが、その前の時間の方がはるかに長いのです。

花は咲いている期間よりも土の中で根を伸ばしている時間の方が長いのです。

「見られない時間」を経験した

最初は、記事を投稿したら少しぐらいは読まれるのでは…と思っていました。

しかし、実際はアクセスはありませんでした。

投稿したら反応があり、その反応を元に改善できると思っていましたがそうはなりませんでした。

そもそも、アクセスなどの反応がないため良し悪しがわからないのです。

動画の投稿についても同様で、再生自体がほとんどされません。

そのため、このままでいいのだろうか…?と思いながらこの記事も書いています。

「そもそも評価や判断されるところにまだ自分はいけていない」と考え、その日がくるまでは続けてみようと思っています。

継続し、誰かの目にふれるところにいくまで。

このようにまだ結果は出ていないのですが、かといって無価値というわけでもないと感じています。

反応がなくても自分の中では変化が起きていた

ブログ

では「今の時間がまったくのムダ」なのかというと、そうでもないのです。

誰にも見られていないというのは、「無価値」ではありませんでした。

まず、ブログで文章を書き続けていることにより、自分の文章の癖がわかってきました。

書きやすい文章、書きにくい文章、書きやすいテーマ、書きにくいテーマ、書きたいこと、書きたくないこと。

これらは、書く量が増えるごとに気付くことが増えています。

自分は何が得意で何が不得意なのか?というのがやんわり見えてきました。

これは、反応がない間も書き続けていたからこそ得られたと感じます。

読みやすさについてもそうです。

ここは吹き出しを使った方がやわらかくなるな。

テーブルの方が見やすいな。

イラストがあったほうが伝わりやすいな。

このようなことに気付いて改善することができるようになりました。

動画

あまり再生はされていませんが、それでも気付きというのはあります。

実際に作ることによって、何ができるか、何が難しいか、何ができないか、何に時間がかかるかというのがわかります。

そして、世の中の動画の質の高さに気付けます。

恐らく、ものすごい時間をかけて企画や編集をしてるのではないかと。

こういうのは、なんとなく想像はついていても実際にやってみるとよくわかります。

内容を考える、動画を撮る、編集する、声を入れる、イラストを動かす。

とても時間がかかるし、根気も必要です。

これに気付いたことが成長と言えそうです。

X

あまり見られていませんが、それでも差があることに気付きました。

例えばギターの練習の動画はよく見られているのですが、ブログの話はあまり見られていません。

そのため、ギターの練習動画は何か見られる理由があって、ブログの投稿は見られない理由があるのではと。

まだこの答えは見つかっていませんが、投稿を続けることにより傾向が見えるのかな…と考えています。

これも、反応がない間もやっているからこそ気付けていると思います。

楽器

これは昔やっていたので、よくわかります。

見られている時間というのは一瞬なのです。

しかし、その瞬間までの練習に数百や数千時間じゃ済まないほどの時間を費やしているのです。

結果としてわかりやすく出るのは、その時間を費やしたからこそです。

その時間がなければ結果というのは出ないのです。

今は結果を出せる自分を作る期間なのかもしれない

今の自分は、結果が出るための準備時間なのかもしれない…と少しポジティブに考えています。

いざブログを始め、動画投稿もやってみて、イラストも描き、音声も録音し、SNSもやってみた。

しかし、まだ自身以外に見える変化はほとんどありません。

「結果」というのは、どこにあるかある程度予想つくものもあります。

試験であれば試験日に合否があります。

音楽であれば発表の場である程度結果が出ます。

しかし、この「発信」というのはどこにゴールがあるのか不明です。

来月なのか、来年なのか、5年後なのか、10年後なのか…

予想をするのは難しいですが、かといってどこかで辞めてしまうと結果というのは出なさそうです。

そのため、「まずは続けること」を大事にし、今の結果が出ない状況を受け入れながら新しいことをやっていくつもりです。

積み重ねたものは残る

仮に、最終的に結果がでなかったとしても、この身についたことについては残ると感じています。

無駄になるということはないのでしょう。

考えて書いた文章、見やすくなればと描いたイラスト、初めて作った動画、初めて撮った声

これは、現状としては拙い可能性もあるのですが、以前の自分と比べると良い物にはなっています。

文章は以前に比べると読みやすくなった。

イラストは以前に比べると少し描けることが増えた。

動画は撮影方法を覚えて、イラストを動かす方法も知った。

声も最初よりかはハッキリ聞こえる。

これらは、「結果」というのが出なかったとしても「成長した部分」として残りそうです。

「新しくできることが増えた」という感覚は今でも十分感じています。

今できることを続けてみる

その日がいつかはわからないし、その正しい道のりについてもよくわかりません。

まずは、自分の現在地を把握することが大事なのかと思っています。

文章力・構成力・企画力・画力・演技力などなど。

これらが十分にあれば、ブログや動画も恐らくたくさん見られるのでしょう。

その能力がどれぐらい足りないか?を具体的にするには、まずは今の自分がどこまでできるか・どの地点にいるかを理解する必要がありそうです。

今できる能力で挑戦してみることにより、その距離がわかるかなと。

そう思い、今は思いついたことややりたいことを気ままにやっています。

結果が出る前の期間を受け入れ、進んでみようと思っています。

その頃には少し結果が出ているのか、それともまだ試行錯誤しているのか。

それも含めてこのブログに残していこうと思います。

ちいの

100記事目で会いましょう

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この記事を書いた人

ちいのです。

ブログ挑戦・資格取得・転職などの試行錯誤をもとに、実際に感じたことを記録しています。
最近は、ブログ・ギター・BGM作成・動画作成などをしています。
これから挑戦する人の不安が少し減る記事を目指しています。

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