人が急に変わったようにみえること、ありませんか。
「あの人、最近すごく色々しているな」
本当に突然変わったのでしょうか。
実はその前には誰にも見えていない長い時間があるのかもしれません。
「人は急に変わるように見えてそうでもないかもしれない」という話です。
人は急に変わったように見える
ちいの急に変わったのだろうか?
久しぶりに会った人が急に資格を取得していた。
仕事で新しいことを始めていた。
SNSで発信するようになっていた。
そんな経験、ないでしょうか。
外から見ると「あの人突然変わったな…」と見える。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
変化する前には見えない時間がある
ブログを始める
今あなたが見てくれている、このブログです。
これも、いきなり「やってみよう!」と思って突然始まったというわけではないのです。
インターネットを使い始めたのは、30年近く前です。
そのときから、「個人ホームページ」というものを見ていました。
今でいうブログのような、雑記や日記や趣味について書かれているようなサイトです。
当時の私はこのようなページが好きで、「こんな人がいるんだ」と感じて楽しんでいました。
その頃から、「発信する」ということへの憧れや楽しさは感じていたのです。
しかし、「やらない理由」や、「やっても仕方ないという理由」を考えては「やっぱりやめておこう…」となっていました。
そして、約30年後の今満を持して「ブログ」というものを始めたのです。
資格を取得
資格の取得についてもそうです。
はたから見れば、「突然勉強して突然取得している、意識が高い」
このように思われることも多いです。
しかし、実際はそこまでには色んな悩みや考えがあります。
勉強したい気持ちというのは長いことありました。
しかし、社会に出てからはまとまった時間をとるのが難しいのです。
私の場合は、残業が毎日2~3時間ほどある会社で仕事をしています。
そのため、勉強をする時間を確保するのが難しいという時期が続きました(甘いのかもしれない)
しかし、「仕事で得られる知識や経験だけでは、できることもそこまで増えていかないのでは」と思い、意を決して勉強を始めました。
会社に今ある能力や知識以上のことは身に付きにくいのであろうと。
それでは、会社というのがさらによくなるのは難しいのではないかと。
そのため、「仕事でつかえる知識を得るために資格の勉強をしてみよう」と決めたのが1年半ほど前のことです。
会社の業務改善
そして、業務改善へとつながります。
会社毎での社風や文化や習慣ってありますよね。
これらは、その会社の中にある知識や経験だけで変えることは難しいのです。
そのため、「一般的な知識や考え方」というが必要かと思い、資格を取得しました。
その知識を活かして、少しずつですが「こういうやり方もある」「こうしてみたら少し変わるかもしれない」といったことを始めるようになりました。
これも突然やろうと思ったのではなく、長い準備期間と行動によって少しずつできるようになったのです。
30年間準備していたことに気付いた
「発信する」ということについては、30年近い準備期間がありました(大げさかも)
これは、「やってみたい」と思ってから実際に始めるまでの時間です。
このタイミングで始めることとなり、このタイミングに向けて「準備を整えてた」ようにもどこか感じます(たまたまかも)
「文章を書くこと」は、仕事で資料作成や改善提案をしてきた経験。
「人に説明すること」は、設計や衛生委員などの業務で身につけた。
「絵を描く」は、上手ではないが昔からキライではなかった。
「BGM作り」は、学生時代からドラムをさわっていて最近ギターを練習していた。
バラバラに見えるようなこれらのことが、ブログを始めたことをきっかけに「パシパシッ」とつながったような感覚があります。
何がつながるかはわからないものです。
何もしていない時間にも意味があった
ということで、「何もできていない」と感じるような時間にも意味があったのです。
「発信」ということはしていませんでしたが、やっていたことは最終的にこの「発信」へつながったのです(偶然)
「行動しないと意味がないのかもしれない」と悩んだ時期もあったのですが、この悩んだ時間や準備の期間も大事だったと思っています。
この「発信できず悩んだ時期・準備の期間」が今の私自身を作ったような気もします。
悩んだ時点ですぐ「やってみよう!」といってやっていたら恐らく今のような思考にはなっていないような気がします。
長いこと悩んで準備していた時間があったから書けることというのもあるのかもしれません。
小さな積み重ねが突然形になる
最近、「ガジュマル」という植物を育てています。
最初は、葉っぱも少なく小さかったのです。
しかし、気付けばふさふさになっていました。
数年経つと、きっと立派な木となるのでしょう。
結果だけ見れば「立派な木」なのです。
しかし、「立派な木」になるまでには多くの時間を費やしているのです。
この「立派な木」となるまでに見えない成長というのがあるのです。
小さな積み重ねが静かに土台を作り、「突然わかりやすい形」となって現れるのです。
そして、育っている本人は毎日少しずつ変化しているので急に大きくなったようには感じないのです。
今の自分も未来の誰かから見れば途中
「立派な木」となれるのかわかりません。
しかし、これまでの悩んだ時間・準備していた時間というのは、恐らく芽が出るまでの時間なのでしょう。
今は、「発信」ということを行ってようやく芽として「ピョコッ」と出たのかなという感じです。
今から葉っぱをつけたり、枝を伸ばしたり、葉っぱが枯れたり、枝が枯れたり、剪定したりということがあるのかなと思います。
まだ「1カ月」で「アクセス少ない」で「記事も好きに書いてしまっている」という状態です。
未来の自分から見れば、恐らく今はまだまだ途中です。
未来の自分が振り返ったときに「このときはまだ芽も出てないな…」「このときは葉っぱをつけているな…」のような感じで見れたら楽しいかなと思いこのような記事を書いています。
ということで、「このときから緩やかに変わっていったんだな」というのをここに残しておきます。



トゥーザフューチャー










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