アクセスがない期間にやっていること。過程の時間の話

アクセスが無い期間のアイキャッチ
ちいの

もしや誰も見てない?

そういうことに気付く日がありました。

アクセスがないということはわかっていたのですが、「いつか見られるのでは」という思いがどこかありました。

しかし、記事を投稿して1カ月・2カ月と経った今、まだほとんど誰も見ていないような感じです。(2カ月で10程度)

そんな期間についての記事です。

目次

最初は結果が出ることをどこか期待していた

もちろん、いきなりうまくいくとは考えていませんでした。

何もないところから何者でもない人が記事を書いたとして、「たくさん見られる」とは思っていません。

しかし、「少しぐらいは見られるのでは」という思いがありました。

1日10アクセスぐらいはあるのかなと。

しかし、それがそうでもありません。

記事を書いたらある程度アクセス数があり、その反応を見て修正したり新しい記事を書いてみたりすると。

こんな想像をしていました。(トライ&エラー的な)

しかし、実際は反応自体がないのです。

そうなると、投稿してみたもののその記事が「良いのか良くないのかわからない」という状態になります。

つまり、評価される機会自体がないのです。

自分がよいと思っていても、客観的に読みやすいかどうかは別だと考えています。

評価される材料を作っているのかもしれない

「誰にも見られていない」ということは、「価値がない」と考えてしまうときもあります。

しかし、冷静に考えるとそうでもないのです。

結果というのは後からついてくるのですぐにはわからないように感じています。

例えば、試験であれば試験の日まで勉強します。

それが仮に「資格の勉強」だったとします。

そうすると、「資格試験に合格」するまでは何者でもないのです。

しかし、「資格試験に合格」して初めて有資格者となります。

そして、その結果までの勉強時間は必ず必要なのです。

勉強時間が多かった・少なかった・質がよかった・質がよくなかった

この内容次第で結果というのは変わるかと思います。

「合格」したのであればある程度方向性がよかった。

「不合格」したのでであれば少し方向性が違っていた。

これは、「試験の日」まで一生懸命やった程明確に見えると思います。

そして、その過程と結果とを省みて、次の行動が決まるのです。

そのため、今の自分はブログにおいて、この「勉強時間」にあたる場所にいるのかなと思っています。

今思うままにやってみて、その結果「反応がない」のであれば反応がもらえる場所にいかないといけない。

「反応はあるけど質が悪い」のであれば質を上げる努力が必要なのかなと思っています。

そのため、半年~1年ぐらいは結果が出るまで続けてみないとわからないのかなと。

長いようにも感じますが、資格勉強や受験勉強と比べるとそうでもないのかもしれません。

反応がないからこそ自由に試せる

ちいの

ばれないうちに色々やってみよう

と、最近はこんな感じです。

人から見られているときって変なことしにくいですよね。(恥ずかしいというかなんというか)

「100人の前で自分の考えを語る(偏っているかもしれない)」

より

「3人の前で自分の考えを語る(偏っているかもしれない)」

のほうが楽ではないでしょうか。

ブログの記事はこれに近いのかなという印象です。(自分の文章を書くため)

そのため、「誰も見てないうちに自分の考えを書いてやろう」という気持ちがどこかあります。

そして、それは人から見られたときに「良い」「良くない」が初めてわかるのかと思います。

いずれたくさんの人の目にふれるかもしれない日の前に、自分の考えとやり方を試しています。

これ記事も、そのうちのひとつとなっています。

最近はショート動画作りも始めたのですが、BGMを自作してみたり声を録音してみたりパワーポイントで動画を撮ってみたりとやりたい放題です。

これも再生されているわけではないのですが、だからこそ気楽に投稿できています。

投稿して初めて自分の現在地がわかる

そして、色々投稿してみると「自分の現在地」というのがわかってきます。

今の自分の実力とか能力というのでしょうか。

ブログでいうと、

「文章を書くのは楽しい」
「ただ文章が読みにくい」
「イラストを描くのは楽しい」
「ただイラストは上手ではない」
「見出しと本文が一致させるのが難しい(話がそれやすい)」
「デザインやレイアウトは苦手」
「アクセスや反応はない」

動画作成でいうと、

「台本作成は楽しい」
「動画編集は苦手」
「BGM作成は楽しい」
「声の録音は楽しい」
「でも声はどこか大根」
「再生はほとんどされていない」

という感じです。

「楽しいけど能力が足りていない」や、「楽しくやっているけど結果が出ていない」ということが結果からわかってきます。

ゲームなどでも、楽しいけど「上手い」わけではないし、楽しくやってるけど「オンライン対戦全国〇位」になれるわけではないのです。

楽しく自分の思う通りにやった結果、ゲームでいう「オンライン対戦全国〇位」のようなものがわかります。

それがわかると、もっと強くなるにはどうしたらいいのか?という具体的な方法が見えてくるのかなと。

「投稿」すると自分の現在地がよくわかります。

結果が出る前の時間にも意味がありそう

今の時間がそうなのかなと。

やはり、結果というのは過程があってのものだと思っています。(資格勉強でも感じました)

資格でいうと、長く勉強する時間があって、「合格」や「不合格」という結果がある。

では「不合格」となるとその勉強時間がムダになるかというとそうでもないのです。

その勉強した知識は残っているし、「不合格」という結果から学びがあり、勉強方法の修正ができます。

1日2日の勉強で結果の出る小テスト。

1カ月~数カ月の勉強で結果の出る定期テスト。

1~3年の勉強の積み重ねで結果の出る受験。

わかりやすく勉強で例えましたが、仕事や他の物事でもこのように取り組むことによって結果が出る期間というのは異なっていると思っています。

「結果が出るまでの時間に何をしているか」によって

そのため、私が今やっている「ブログ」や「動画投稿」というのは、結果が出るのにどのぐらいの期間になるのだろうかと。

今は「投稿」というのを始めて2カ月ほどですが、1年のうちの2カ月目となるのか、5年のうちの2カ月目なのか、10年のうちの2カ月目なのか。

やってみると、明確に「1年」や「3年」などで結果が出るものではない気がしています。

そのため、その結果が出る日までこの時間を大事に試行錯誤して色々してみようと思います。

「結果がいつでるかわからないけど日々頑張る」というあたりは、仕事に近いところがあるのかもしれません。

可能性を育てているのかもしれない

ちいの

可能性は無限大

本当にそうなのです。(良くも悪くも)

その「無限大の幅」というのは今何をするかによって決まるかもしれません。

そのため、「今自分ができることをやってみる」というのが大事なのではないかと感じています。

そして、やってみた結果「何が得意・苦手・足りてる・足りてない・楽しい・楽しくない」

今はこれを探してみる時間なのかな…と感じています。

ブログを始めてから、書く記事にも変化がありました。

資格の記事を書こうと思っていたら、このような内面の変化の記事を書いてみたり。

記事の紹介をするために動画を作ってみたり。

やってみてわかったことから、方向性が変わったりもします。

今は、自分にあっている方法で、かつ見る人にもわかりやすいというところを探っている感じです。

いつか誰かの目に届くときまでに読みやすく・見やすくなっていればという気持ちでやっています。

周りと比べれば「早い」とか「遅い」とかになるかもしれませんが、自分にとっては最短なのかもしれません。

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この記事を書いた人

ちいのです。

ブログ挑戦・資格取得・転職などの試行錯誤をもとに、実際に感じたことを記録しています。
最近は、ブログ・ギター・BGM作成・動画作成などをしています。
これから挑戦する人の不安が少し減る記事を目指しています。

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