ブログを始めて、1カ月ほどが経とうとしています。
記事数はまだ多くありません。
アクセスも多くありません(1週間に5ぐらい)
ということで、何か成果が出たわけでもありません。
でも、自分の中では少し変化がありました。
なぜ今こんなことを書こうと思ったのか
最初は、「記録」というのがメインだったように思います。
自分の「記録」を誰かが見て参考になれば…というざっくりした感じです。
しかし、記事を色々書いているうちに、自分が変化していることに気付きました。
イラストを描いてみたり、動画を作ってみたり、変化していることについて記事を書いてみたり。
これからも色々と自分は変わっていくのかな…ということで、「未来の何かをしているであろう自分」に向けて現状を記録しておこうと思いました。
えーあいトゥーザフューチャー
ブログを始めて感じた変化
ブログを始める前の自分と、今の自分では、少し物事への向き合い方が変わったような感じがあります。
以前の私は、何かを始める前に準備ばかりしていました。
というより、「できるようになってから始める」ということが多かったように思います。
もちろん、これが悪いということではありません。
準備する時間というのも楽しいですし、その時間があったからこそできるようになったこともあります。
しかし、気付けば「始める前」の時間がとても長かったことに気付きました。
昔は「何かになってから」だと思っていた
実績がある人だけが発信するものだと思っていた
例えば私は楽器をやっていたのですが、「超絶プレイ」「神プレイ」「神解説」ができる「第一線のプロ」のような人が発信するものだと思っていました。
そして、その道で生活をしているいわゆる「成功した人間」のような感じのイメージです(少し極端かも)
そういった、「少し特別と思われる人」がやるものだと思っていました。
自分にはまだ早いと思っていた
自分が発信するのは違うな…とどこかで思っていました。
音楽で仕事をしていた時期もあったのですが、それは「第一線」ではなく「第八戦」ぐらいの位置でやっていました(厳しい業界)
加えて、腕の方も上も見ればキリがないぐらいレベルの高い人はたくさんいました。
そのため、「もっと練習して上手になってから」、「もっとお金ももらって名前も売れてから」という思いがありました。
音楽に関する練習・勉強は、毎日8時間ほどやっていて十分「いつかくるであろうタイミング」に向けて準備はしていました。
しかし、そのタイミングは現役時代にはこなかったのです。
準備をしたまま終わっていました。
何者でもない時しか書けないことがある
そのときの感情はそのときしか残せない



今しか書けないものがあるのかも
この準備をしていた期間。
このときの、感情・思い・考え方というのはこのときしかありません。
今でもこのように思い出すことはできるのですが、当時の熱量や苦悩は鮮明には思い出せません。
「そのときの感情は、そのときしか残せない」のです。
それは、もしかしたら貴重な感情であったかもしれません。
そのときの感情・熱・苦悩の内容こそが誰かの参考になることもあるのかもしれません。
なので、それを「記録する」ということが大事なんじゃないかと思いました。
そのため、今は「投稿するまでが怖かった」や「アクセスがなくてそわそわ」や「見られるのは嬉しいようで怖さがある」ということを残したいのです。
慣れたら書けなくなる
恐らくですが、今の不器用な文章というのは未来の自分が見たら消したくなるのかもしれません。
それでも、恐らく「熱量」というのは今この瞬間が一番あるような気がします。
「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、この熱は鉄のようなものです。
今打たないとじんわり冷めていくような感覚があります。
この文章を打っていても、ブログを始めて1週間の頃よりは書きやすく、速く書けるようになっています。
日々、変化しているからこそ今の状態を残しておきたいのです。
成功した後の話ばかり見ていた
成功談はたくさんある
私もブログを始める前に、成功した人の記事や本を見ることがありました。
本屋にいけば、「ブログで成功した話」や「収益化」などの本が並んでいます。
恐らく、一生懸命ブログというものを運営して成功したのだと思います。
何かを成し遂げるというのは、やはりすごいです。
でも途中の話は少なかった
一方で、このような本や記事はあまり見かけることがありません。
「アクセスが0でもブログはできる」「投稿するまでに30年かかった話」
私は、成功するまでの過程が気になるタイプです。
そのため、このような本があれば買いたいと思います。
商売的な話でいうと…このような本は売れないのでしょうね(恐らく)
本当に助かったのは途中の人の話だった
今は誰もが知っている偉大な人物の自伝だと、少し違うのです。
「こんな生活をしていたんだ…」「こんな苦労があったんだ…」「意外と環境に恵まれていたんだ…」
などなど、色々思うことはあります。
しかし、成功したとわかっている人の過去の話は、どこか参考にし辛いのです。(ひねくれているのかも)
自分は「成功する」とは限らないので、成功した人の過去の話には自分を重ねにくいのです。
しかし、「成功するかわからないけど頑張っている人の話」というのは、同じ条件・状況のため自分を重ねやすいのです。
例えば、部活にプロが「どうしたらうまくなれるか?」のような話をしにきてくれたとします(謎の例え)
そして、「毎日練習が必要」「道具が大事」「環境が大事」という話をしてくれたとします。
すると、「やっぱりすごいな」「やっぱりプロは違うな」と思いながらも、どこか参考にならないと。
私はそう思うタイプだったのです。
どちらかというと部活の先輩などで、「毎日は家の事情で練習できない」「道具の良し悪しは腕でカバーするしかない」「環境は人それぞれ」「その中でできることをやる」という人の方が参考になります。
こっちの方が再現性があるというか、「届く距離にいる」ような感じなのです。
なので、自分も頑張ってやってみようと思えるのです。
そして、新しいことを始めた今の私も、このような先輩になれるんじゃないかと。
誰かの参考になるかもしれないと。
記録することは未来の自分にも向いている
昔の自分を思い出せなくなる
30年前、20年前、10年前、5年前、1年前
何を考えていたのだろう…と思います。
たしかに、この長い年月の間にたくさんのことがありました。
起こった出来事の一部とある程度の感情については今でも思いだせます。
しかし、「何を考えていたか」、「どう変わっていったのか」というのは思い出せません。
今私は、ブログという新しいことを始めて「変化の真っただ中にいる」という感覚です。
これは、同じ経験をする人、またはしている人にとって欲しい情報ではないかと(私も同じような人がいたら欲しいです)
書いておくと変化が見える
そして、書き残すと「どう変わっていっているのか」というのを冷静に見ることができます。
「これは…成長したのか?」「成長したかはわからないが考え方が変わっている」「このときこんな考え方だったのか」
まだ1カ月ですが、すでにこのような観察ができている感じです。
ブログ始めたての頃の記事はすでにどこか拙く感じます。(本当にそう)
自分の変化自体を楽しめるという部分もあり、「残す」というのは意外と楽しいです。
誰にも届かなくても意味はあった
アクセス0でも残っている
アクセスというのはなくても、誰でも見れる場所に自分の考えというのは残っています。
これが、ブログのいいところかもしれませんね。
「どんな考えでやっているのか知りたい!」という人がいれば、恐らくこのブログが見つかるのでしょう。
そういう人がいなければ、今のままアクセスはないままなのでしょう。
しかし、ここに「今の私」というものを置いておけるのです。(これがよいところ)
「出した」という事実は消えない
誰かが見ることができる場所に自分の考えを置いたというのは事実なのです。
誰かが見ているかどうかというのは、その次の話です。
「私が一歩進んだ」ということに意味があったように思います(生活も変わりました)
今思うこと
何者かになってからでは遅かったのかもしれない
というより、何者かになるタイミングなどあるのかという疑問です。
「何者であるか」を決めるのは主観的な部分が強いと思っています。
例えば、私は音楽でお金をもらっている時期がありました。(少しですが)
それは、楽器を始めたての人であれば十分「何者かになっている」という状態だったでしょう。
しかし、自分ではそうは思えていなかったのです。
「何者であるか」を決めているのは自分自身なのです。
世間的な肩書きではなく、自分が納得できている状態のことなのかもしれません。
何者でもないからこそ残せるものがある
私は今何者でもありません。
ブログも始めてまだ1カ月ほどです。
でも、だからこそ書けるものがあるのではないかと思っています。
それは、今自分が読みたいような内容であり、ブログを始めて1週間・2週間の時期に読みたかったものでもあります。
恐らく、同じように今から始める、または今始めたばっかりという人は何者でもないでしょう。
そういう方達の参考になる記事を書けるのは今だけじゃないかと。
今の自分を少しずつ残していきたい
なので、なるべくそういうタイミングを逃さないように残していこうと思っています。
もしかしたら、私も5年後、10年後に「何者か」になっているかもしれません。(どうだろう)
しかし、今現在は「何者か」ではありません。
そのため、「何者でもない今」しか書けない物があり、今書いているこの記事もそうです。
この記事を見てくれたあなたは、今の私がどうなっているのかを確認してみてください。
どうなっているかはわかりませんが、「1カ月目」というタイミングではこのように考えていました。



続くとよいな










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