記事を紹介する動画を作成していました。
最初は文字の表示だけだったのですが、どこか寂しかったので声がほしいと思いました。
機械音声も考えましたが、権利的なものがよくわからなかったため自分で撮ろうと。
撮ったら撮ったで少し恥ずかったのですが、気付きも多かったという話です。
ちいの声って意外と癖がある
これがその動画です。
なぜ声を出すことに抵抗があったのか
声質
まず、自分の声が好きかどうかという話です。
私は、そこまで好きではないところがあります。
歌声とかを録音したことありますか。
私は、何度かあります。
録音した自分の声を聴くと、どこか違和感があるのです。
「自分が想像していた声と違う」という感覚です。
「なんだか変な声な気がする」と思っていました。
話し方
話し方やイントネーションがおかしくないか?というのも気になりました。
録音してみると、「が」行が強すぎたり、「た」行がキレイに発音できてないなど、色んな気付きがありました。
聞きづらいがこのまま出してもいいのだろうかと。
かといって、練習からしていると実際に録音して動画とするのは遥か先になってしまう気がしていました。
少し練習してみたものの、短期間での改善は難しいと思ったからです。(話し方って癖がある)
そのため、動画は作ったものの話し方に違和感を感じるけどどうしよう?と投稿までに悩む時間がありました。
まずは試してみようと思ったきっかけ
ブログを始めてからは、「とりあえずやってみる」という精神が身についていました。
記事の投稿も、「文章に違和感があるけどどうしよう…」と思いつつも、一旦投稿するようになっていました。
出してみて反応を見てみないと「具体的な改善点がわからない」と思ったからです。(まだ反応と言えるようなアクセスはないのですがそれはそれとして)
そのため、「声も文章と一緒なのではないか」と考えました。
多少の癖や違和感というのは、恐らく最初は誰にでもあるのだろうと。
それは、やっていくうちに気付いて修正されるものや、指摘されて初めて気付くようなことも多いのではないかと。
そのため、「まずは少し変だけど出してみる」というのを優先しようと思いました。
「変」と言われれば変な部分を改善すればいいかと。
ただ、恥ずかしさと抵抗感は少しあったので、動画を作ってから2日ほど投稿ボタンは押せずにいました。
実際に声を録音してみた
やってみると、案外楽しいのです。
演技力という意味では、皆無に近いです。
それでも、自分が作ったイラストや動かしたキャラに声がつくと、途端にキャラに実態感が出てきます。
こんな風に喋らせてみたいなや、こんなことを喋りそうだなと。
マンガ作者のエッセイで、「キャラが勝手に動く」のようなことを見たことがありましたが、少し意味がわかりました。
やってみると、演技力があればもう少し楽しい動画になりそうだなと思いました。
一生懸命録音しても、どこか大根なのです。
しかし、「最初からうまい人はいないはずだ」と思い込み、最後まで録音しました。
投稿ボタンを押すときが一番緊張する



いざ投稿!
というタイミングで少しためらいがありました。
音声がついたため、声が不快だったら見られないのではないかと。
それなら、音声がないBGMのみの動画で見やすい方がよいのではないかと。
しかし、自分のやりたいことというのはキャラが喋ることだったのです。
そのため、「多少の不快があったらガマンしていただこう」という気持ちで投稿ボタンを押しました。
出してみないと反応が見れないため、ダメな部分もわからないのです。
「全てを完璧にはできない」という気持ちで、自信の気付きや成長のために一歩踏み出しました。
「下手なうちはやめておこう」だと、上手くなるタイミングがくるのは数年以上先になると思ったからです。
やってみて初めて、自分の現在地がわかった
気付き
そして、やってみるとやはり色々わかりました。
音声無しのショート動画はある程度再生されています。(100回とか)
ギター練習のショート動画はある程度再生されています。(200回とか)
しかし、この音声入りの動画は10回も再生されていませんでした。
致命的な何かがありそうです。
・音量調整
・喋り方
・大根役者
・テーマ
・内容
色々要素はありますが、何かがまずそうです。
そのため、次は1つずつ改善してみようと思います。
ただ、まだ「たまたま再生されなかった」可能性もあるので、今のやり方で10本ぐらいは試してみようと思っています。(ポジティブ)
一番の収穫は、「変かもしれない状態で投稿しても意外と何もない」ということです。
「なんて動画をあげているんだ」「不快」「バッドボタン」
みたいなことはありません。
そのため、「完璧じゃない状態でも試してみていい」という気付きを得たのは大きかったです。
台本
これが中々楽しいです。
「こんなことを動画にしてみようかな~」とまずは思いつきます。
そして、その内容を書き出してみます。
動画はキャラが会話する形式にしているので、書いた内容を「セリフ」に変えるのが中々難しいです。
どうしても長い文章になってしまったり、説明くさくなってしまったり。
しかし、普段の会話などでも説明くさく喋ることってあまり多くないですよね。
口語で自然で流れで使える単語を考えていると、結構時間が経ちます。
これは、ブログも少し近いところがあるのかなと感じています。
説明くさくなりすぎず、かといってわかりにくくなりすぎず。
間をとった文章というのは難しいです。
しかし、自分の思った感じで表現できたときというのはどこかやった感があります。
この「やった感」を、動画の台本作りにも感じました。
恥ずかしさは成長の入り口だった
声をだすのは、どこか自分をさらけだすような感覚がありました。
「顔を出す」ほどではないかもしれませんが、「自分が出て行ってる」という感覚です。
思えば、出すものが少しずつ広がっている感じではあります。
ブログでは、
まず文章。
次にイラスト。
動画では、
ギターで自作したBGM。
動画撮影。
声。
という感じで、外に出るものが増えていってるというか、抵抗感が強かったことも外に出るようになってきています。
段階を踏んで慣れるというのはどこか大事なのかもしれません。
そして、これらをやってみたからこそ気付いたことも多いです。
得意なこと・苦手なこと・楽しいこと・楽しくないこと・見られること・見られないこと
どれも恥ずかしさと怖さはありましたが、一歩踏み込んだからこそ気付いたことは多い気がします。
発信してみることで、「自分が何をしたらよいかわかってきた」という感じです。
もし「やってみたいけど恥ずかしい」と感じていることがあるなら、完璧になってからではなく少し不完全な状態でも始めてみるとよいかもしれません。
やってみた後にしか、自分の現在地はわからないのだと思います。
恥ずかしさというのは、成長の入り口なのかもしれません。



少しずつやってみます










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